楽しい日常日誌 ~詩的否私的日常日記 ~

隠れblogにするつもりでしたが、<私的日常日記>にしました。でも、ネットの私的って,一体なんだ!? 
by HIROKO_OZAKI1
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12月に読んだ雪の歌集~①『ゆきふる』小川佳世子

2015年12月、タイトルに<雪>を含む歌集を2冊読む。一冊目は、

『ゆきふる』小川佳世子(ながらみ書房 現代女性歌人叢書4)

最近つくられた歌をまとめたもの、この期間の作者の日常の中には、病と仕事、恋、家族、震災が存在する。

 絶食で検査を待って昼を過ぎまだ当事者感覚が来ない
 カーテンを開けて朝ごと来る人を待つ平安の宮廷のよう
 穀物のために降る雨眺めつつやわらかごはんをゆっくり食べる

<穀物><雨><ごはん>という自然の循環の中に作者も居るという現実、そのリアリティの中でも作者はどこか自分を客観視している。日々訪問を待つ時間を平安の宮廷にたぐえるとは。読者として、闘病する作者にひやひやしながらも、甘やかな情景をほのかに思い浮かべる。

歌集にいくつか見られる桜の歌、その花びらは、まるで雪のようにはかなく散っていくイメージで現れる。それはそのまま作者の生命であり魂の実感であるだろう。

 さくときもさかないときもさくらの木 パジャマの時のほんとうの恋
 すべてから抜ける感じを思いおりひとひら落ちて消えし花びら
 ならばどうすればよいのか雨に濡れ咲き切らぬまま散りゆく桜
 ゆらぎつつ桜並木に目をあげず昼の電車にさびしい乗客
 一年で忘れてしまうそのひとつこの木も桜の木であったのか
 私には桜は御室桜やしソメイヨシノはよそさんやなあ
 違う国みたいになりぬ花終わり緑の色の多すぎる庭
 さくらではないそうなので春まではここに居なくてよいのか、そうか

作者は、入院中の医師への思いを<ほんとうの恋>と言う。
このようなブログの感想の中で言葉にしてよいかわからぬほど、つらそうである。
つらそうな歌、と読んでおきながら不謹慎きわまりないのだが、それでも私は、ちょっと前の耽美的な映画『外科室』を思い出したりしている。表現がさきわう国、表徴の王国宇に住んでいる限り、仕方ないことなのだろうと思う。
三首目、句跨りがうまく機能する。六首目、ソメイヨシノとよそさんの歌の響き、京言葉の使い方がきいている。
そして、昼の電車の乗客は桜並木に目もくれぬのである。本当になんともさびしいが、では夜の電車ではどうなのか、意外と皆桜を気にしてるかもしれないよ、などと、いろいろ余計なことを考えてしまう。 

 王国の風をひろげるむらぎものこころのゆめのような王国
 王国に土地はなくてもひとびとはいなくなっても王はいるはず
 あたらしい傷をふやしてしまってもわたしのからだ 秋の王国

<傷>というのは、現実の身体の傷である。決して軽微ではない病を作者が抱えることを、読者は歌集からも知ることができる。もちろん現実の作者を知っている我々もそれを念頭に読むのだが、にもかかわらず、これらの歌に、不思議に響き合えるものを感じるのは私だけではないだろう。歌が生まれる背景にある、なにか世界とのかみあわなさというものが、たぶん、共通しているということなのだろう。

 ゆきふるという名前持つ男の子わたしの奥のお座敷にいる

歌集のタイトルの『ゆきふる』は、この作品から来ているようである。
雪降る?ゆく?ふる? 不思議な音である。実在の少年なのだろうか?

他、印象に残った歌を引く。たくさんあるので困るのだけれど。

 火をはなつほかはなかった幽閉の無明の洞はさむすぎたのだ
 なすすべもなくとけてゆくこころかな床に氷は置かれたままで
 親切に連れてゆかれた神社にて凶のみくじをひいたような感じ
 語られて過去はかわると思う時とおくはちすの花ひらく音

 脚韻の下草に露ふりしきり月夜の森に僕はいるから

 憎しみを愛にかえても悲しみはかなしみのままのこる昼月
 なかぞらはいずこですかとぜひ聞いてくださいそこにわたしはいます

 せんせいがすきですとメモ少女よりもらいひとよの夢はかないぬ
 月は一つ影は幾億何億の人の心にひとつ照る月
 負を糧にきてもし勝ってしまったら途方に暮れる広きくさはら
 ほんとうの人はずいぶん遅刻して虚構の人は間に合っていた
 グリーンカードを取得するよと言ったまま何処にいるのかわからない兄

 十三歳でさらわれた子たちに謂わないで「娘時代のたのしさ」なんて
 こんなにも曝されている場所だった投票所前の夏の校庭
 受け容れてはじめて「主体」になるのかと思いぬ受け入れ難きを聞きて
 研究のお役に立ててうれしいと申す主体はわりとブラック
 
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by HIROKO_OZAKI1 | 2015-12-27 17:20 | 短歌と短歌論

賀川豊彦の詩集 

 私はキリスト者ではないのだけれど、ふとしたきっかけでこの人の詩集と歌集を読んでみたいと思ったのだった。賀川豊彦。徳島県出身のキリスト教社会運動家、社会改良家。
 キリスト教的な人道主義に基づく文章からは、対象としていた当時の時代の状況、特に庶民や貧民の状況が、本当に嫌になるほどよく伝わってくる。

 詩集『涙の二等分』が編まれた時代は、戦後すぐの時代の日本。
その序文を、「人道主義の詩」というタイトルで、与謝野晶子が書いている。

 「日本人の生活は大戦の後の世界的激変に刺激されて、現に最も喜ぶべき本質的の動揺を起し、こ の動揺の中から、破天荒な道徳的秩序と経済的改革とを生み出さうとして居ます。かう云ふ時代に 必要なのは、聡慧な指導者であると同時に熱誠な実行化を兼ねた人材です」「忌憚なく云ふと、最 近の社会問題に触れて指導者となり実行家となって居る人達には概して芸術思想の教養が稀薄であ るやうに見受けられます。言ひ換れば、その人達の熱情が根柢を世界人類の愛に置いて居ると思は れる所が少なく、その人達の言動が粗硬な野生に留まって、芸術思想からにじみ出る香味とデリカ テとを欠いて居るやうに見受けられます。かう云ふ事を以て社会改造家の資格に望むのは余りに十 全を求める嫌ひがあるかも知れませんが、多少でも芸術に由って深められた命の持主にあっては、 さう云ふ人達と或処までは共鳴しながら、其れ以上はどうしてもしつくりと一致し難いと云ふ遺憾 を抑へることが出来ません。
 之に反して、同じ社会改造家の中でも、私が堺利彦さんや河上肇さんの言論に愛着的な一種の離れ 難い親しさを持つと云ふのは、二家の言論に詩があるからです。」

<言論に詩がある>

 ここで私は、近藤芳美が<歌の良し悪しは「詩である」かどうかである>と書いていたことを思い出す。言論とは違って、歌は個人的なものでありながら公のものでもあるけれども、まあそういうことなのだろうと思う。

いろいろな詩があるけれども、『涙の二等分』から、七五調的な美しい詩を引用しておく。

  塑像への恋

 これは秘密の 秘密です、
 知つてゐる人は
 神様と私と、
 胸の奥の その奥に
 隠して こがれて 困つてゐます。
 眼と 膚に 呪れて
 恋に やつれた 私の姿
 胸に隠した 恋故に、
 魂ばかりの 息します。

 肉のよろこび 知つてますよ、
 刹那の 後を どうしましやう。
 つまり私は 消えない 幻想―
 プラトーの様な 恋がしたいのです。
 恋の味い 知つては居ます、
 甘いうれしい ものですね、
 そうかと云つて 私は
 とうの 昔に
 中性に 強い恋をしてゐます。
 (男と女の愛には 飽きました)

 魂と 魂の 恋ですよ、
 眼と 眼の 恋ですよ、
 そうです 私の恋人は
 実は ロダンの「スプリング」です。

 「春」です「春」です
 あの石の塊を
 私は恋してゐるのですよ。

この詩人は、もちろん幸せな結婚をして、貧しい暮らしを選び投獄されたりしながらも家族をきちんと持っているのだけれど、こういう詩も書いている。

そして、詩集には、貧民窟を描いた『狂』という詩などもあって、「思つたやうな勉強もできず」「奇跡も起らず 半鐘も鳴らず」「おとめが 死んだ、淫売のおとめが 二十二の馬鹿・・・死んだ!死んだのですよ!そのお父さんも発熱して居るのですつて。あなたにも 伝染りますよ。さあ、お逃げなさい 貧民窟はうるさいでしやう。」「この恐ろしい人間の堕落をどうなさいます?」「花柳病患者、足なし、心臓病、足の腐つた男、妻を淫売に出す男、高利貸、木賃宿、ああ 恐ろしい」といった言葉が連ねられていて、相当嫌な気分を抱いていたのをそのままきちんと(?)表現されている。
この二つの詩だけを並べるのはよくないと思うのだけれど、とりあえずの覚えとして。
ところで、作者には、宗教者、活動家、学者、作家として知られていて著作もたくさんある、本人の言によれば、

 「私は詩の外に書けない男であるかもしれぬ。私はそれが上手、下手と云うことを離れて、私の胸 の渦巻に、そうした旋律の外、感ずることが出来ないのでもある。私に取っては、科学も、哲学
 も、宗教も、経験も、生活も、凡てが詩になる。内なるものは内なるものの生命の詩となり、外  なるものは表象の詩となる。」(詩集『永遠の乳房』序文)

ということであった。

現代の日本にこういう人が出て来ないというのは、ある意味時代が必要としていなかった、ということかもしれない。だから、幸福なことだったのかもしれない。でも、これからの日本がどうであるかは、わからない。
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by HIROKO_OZAKI1 | 2015-12-26 22:26 | 短歌と短歌論


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