楽しい日常日誌 ~詩的否私的日常日記 ~

隠れblogにするつもりでしたが、<私的日常日記>にしました。でも、ネットの私的って,一体なんだ!? 
by HIROKO_OZAKI1
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水ある街についての文章による写生文のこころみ その1

まだ新しいメッセの最上階にある展望台から信濃川河口を望むと、たわわなる水が、ハの字型にダイナミックに海とつながっている様子がよくみえる。もっと天気がよければ、佐渡や粟島も、かなりの遠方まで見渡せるのだろう。だが、空が白く曇っているこの程度の景観でも、この海と空との向こう側に、ユーラシアの広大な異国の地が広がっていることが容易に想像される。
それらに、わたしたちが「外国」として身近なものととらえている西洋とは、またもっと違うもののような印象を感じるのは、同じ建物に領事館を有するロシアや韓国の言葉で書かれたパンフレットが、日本語の観光客向けのものに交じっておかれていたりするせいもあるのだろう。
人々が集まるスペースには、この地域の情報が、観光案内やマップという形で提供されており、旅のための何の準備もせずに来た者には大変便利なのであるが、それらの中に、英語とともに、ハングル文字やキリル文字のものが、数種類、置かれているのである。ここは、物理的に、それらの国々に、とても近いのだから、
自分の目でもって、それを確認すると、情報社会などと言われている現代というものが、いかにはかない、うわべだけのものであるかが実感される。今、肉眼で見ているものがすべて「情報」と並列のものであるとするなら。そんなナンセンスなことをそこはかとなく思いながら、川辺におり、信濃川を渡る水上バスに乗ると、シートの高さはほぼ水位のすぐ上くらいなのである。さきほどまでの、ひろびろとした景観はすでに目の前にはなく、ただ、なみなみと、信濃川の水がうねっているばかりである。対岸は、本の解説に、「北欧の街並みのような」と書かれている、歴史館・第四銀行跡のしろっぽい建物が、見えている。

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市内には、歌人、俳人、小説家、さまざまな文学者の足跡を示す句碑や表示がいたるところにあり、住む人たちの関心の豊かさを示している。
与謝野寛がこの地の景観を観て詠んだという歌を示す表示(アクリル板の簡単なものだが、訪れる者にはありがたい。「橋あまた柳の中にかくされる水ある街の夕月夜かな」、あたかもこの歌のイメージにあわせるかのように、ここの昔の景観が部分的に再現されているのである。)、虚子の句碑、良寛の像・・。
こんなもの、すべて後付けで、実際の作家の感動は、その作品をじかに読んで、そのテキストやその当時の条件を追体験した後のものでなければ意味がない、そんな考えは、すでに時間も余裕も持たぬ私には、改めなければならないようなものに思われてくる。

(ふ~。写生文、のつもりで書いているのですが、つづきはまたあとで。)
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by HIROKO_OZAKI1 | 2009-06-14 13:15 | おでかけ


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