楽しい日常日誌 ~詩的否私的日常日記 ~

隠れblogにするつもりでしたが、<私的日常日記>にしました。でも、ネットの私的って,一体なんだ!? 
by HIROKO_OZAKI1
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伊予行 4 「歌が円熟するとき」      

    「歌が円熟するとき」      
 
 熱田津に船乗りしけむ皇子王女月の遊びを想像し得ぬ学者ども
                                   土屋文明 (「続続青南集」)

 自選歌集にも含まれていない歌を引いたら、土屋文明は怒るだろうか?
 万葉集の中でも最も有名な歌のひとつである、かの、

  熱田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
                                   額田女王 (万葉集巻一ー八)

について、土屋文明は、他の研究者達の解釈・学説とはずいぶん違う解釈をしている。

 「『船乗りせむと』は船に乗り、さらに他に出航しようとする意とも考えられるが、ここは折からの月夜に船を浮べて遊ぶ行事をさしているのであろう。この一首は全体が均整がとれていて、形式からいえば円熟しきったものということができよう。『月待てば潮もかなひぬ』は、月と潮とが相関するものであるから、写実によって自然に達し得た句であろうが、いい得て申分のない巧みな句法となっている」 (「万葉名歌」土屋文明)

 斎灘と呼ばれる海岸に、実際そのような遊びや行事が可能な条件があったのだろうか。
 こんな好機は滅多にないだろうと思った私は、未来会員で今年の夏の松山大会の世話人でもあり、伊予の海には最も詳しいに違いない松山のKさんにおそるおそる伺ってみた。結果、「船を出せば沖に流されるので内海と違って遊べるような場所ではない。出航には夜の満潮時の方が好条件だから、昼ではなく夜であるのは当然であり、何の不整合もない」とのこと。少しがっかりである。当時は、地形も今とは違っていたという話もあるが、どうなのだろうか?
確かに、単なる船遊びならともかく、あの広い海辺で月夜の「行事」というのはちょっと考えにくいような気はするのだが・・・。
 天候による変異や海賊の危険を伴う旅(ただでさえかなりな難所、しかも目的は出兵なのだ)は、それでも、船旅は始めてという一行にとって、きっと幾分か楽し気な旅であったに違いない。ちょうど現代人のわれわれが、台風や様々な障害を気にしながら、未知の地での見聞や温暖な温泉地の休養を存分に楽しんでいるように。楽しむといえば、旅のついでに半日でかけてみた考古博物館の付近には、舟遊びにはちょうどよいような池もあったのだが(しかもそこの地名は斎院!)、この場所が昔のままの地形であるかどうかも、月見の宴のような「行事」がそのころからあったのかどうかもわからない。
 もっとも、歌が記録ではなく詩歌として成立している限り、作品中に現実との不整合があったっておかしくはないのだが・・・。

 歌の背景のその後の顛末とか、この歌に真に戦意を鼓舞する意図があったかどうかといったことはともかくとして、戦そのものについては一言も触れられていないこの歌、順調な航行をどこかうれしげにリズミカルに促すこの歌から、私たちがそうした遊びの雰囲気を受け取らずにはいられないのは、歌が漠然としすぎているというためだけではなく、自分の都合にあわせて捉えてしまう、歌好きの癖のせいでもあるのだろう。

 最近では、「本当は恐ろしい万葉集」(小林恵子)という本もベストセラーになり、古代朝鮮語の韻から万葉集はまた別の読み方もできるという説等もあるようだ。実際、韻によって別の意味を含ませることなど、詩の中では珍しいことでもなんでもないが、そこまでたどっていくことはできないにしても、読み物として面白く読んだ。
 いずれにせよ、歴史の真実は不明、当時の言葉も風習も然りである。想像を自由に巡らす愉しみをなくすことはないであろうわれわれは、なんと幸せなのだろうか。

        尾崎弘子 (「未来」2007年8月号「その日その日」に加筆訂正した文章です)
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by HIROKO_OZAKI1 | 2007-08-10 18:01 | おでかけ


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