楽しい日常日誌 ~詩的否私的日常日記 ~

隠れblogにするつもりでしたが、<私的日常日記>にしました。でも、ネットの私的って,一体なんだ!? 
by HIROKO_OZAKI1
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カテゴリ:おでかけ( 7 )

2015年8月15日

盆の墓参りと昼食会、親戚の挨拶を済ませてから、津市の三重県立美術館に。
8月15日なので、反旗が掲げられている。
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企画展は、<戦後70年記念 20世紀日本美術再見 1940年代>。
戦争中の絵画、造形、写真や様々な記録が展示されている。
詩歌については、高村光太郎、北原白秋などが寄稿した雑誌がいくつか。

楽しい企画展ではないが、地に足をつけて鑑賞したい展示群である。
テレビや雑誌でも話題になっていた宮本三郎の画像を見つけたので覚えとして。
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・・・やっぱり私は、↓のような絵が、好きだなあ。
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by HIROKO_OZAKI1 | 2015-08-23 10:04 | おでかけ

桜が満開の名古屋、二葉館から文化のみち

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地下鉄高岳駅から、文化のみち二葉館文を経て、白壁、主税町、橦木町界隈から、名古屋市制資料館までを歩いた。

先週の16日(土)、「岡井隆講演会・シンポジウム」の聴講のために
出かけた時は、まだ桜はちょうど咲き初めた頃合だったので、そろそろ
満開だろうと目星をつけた今日、もう一度訪れてみることにしたのである。

思ったとおり、高岳から二葉館までの通りの桜は満開だった。
平日なのに、たくさんの人が、カメラを構えている。
桜には、鶫だろうか、しなる枝にとまって懸命に身を伸ばしながら、
桜の花の蕊をつついている。

今月いっぱい開催されているという企画展、
「岡井隆の世界~現在、そしてこれから」を、もう一度、じっくりと見る。

前回は気が付かなかった発見もいくつかあり、例えば、以前、ふらんす堂の
ホームページに毎日更新される形で掲載されていた、日々の短歌は、実は、
一週間分まとめて書かれていたのだ、ということを、その原稿を見て知った
のだった。前回は、一体私は何を見ていたのだろうか。

ところで私は、そのふらんす堂のホームページに日ごと更新される短歌を
見ながら、岡井隆氏は、パソコンの操作は一体どのようにされているのだろう、
毎日一首を、メールか何かで編集部に送られているのだろうか、ご家族が
送ってられるのだろうか、と思いを巡らしていたのだったが、謎が解けた
のである。

ここの近くの主税町というところで、岡井隆氏は少年時代を過ごしたという。
あかぬけた高級住宅街。戦争で焼けてしまったというが、この界隈は、
「文化のみち」と称され、街のおもざしが、街並み保存によって残されて
いる。

門扉が昔の風情でその奥は最新の御殿のような高級マンション、昔からの
たたずまいの教会。途中、公園のベンチに座ってサッカーをする小学生を
眺めながら休み、二葉館同様、展示や貸室として公開・利用されながら
保存されている橦木館を見学する。

福沢諭吉の娘婿で電力王と言われた福沢桃吉と女優川上貞奴の館である二葉館、
フランス料理店として公開されている、旧春田鉄次郎宅、そして、輸出陶磁器商
井元為三郎宅だったこの建物も、大正時代の、名古屋経済界の経営者等が
住まい兼社交場として構えたという建物であるらしい。

道路側には、「大正ロマネスク」そのもののような洋館のつくりの小さなホールと
食堂、テラス等があり、その奥は、広い日本家屋のつくり、生活の場として、畳の
部屋がいくつも連なっているのが大体の共通した建物の構造であるらしい。
ステンドグラスは日本製で、大正時代のアールヌーボーそのもののよう、二葉館の
ものも、橦木館のものも、どれもが美しい。

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橦木館には、昭和8年現在の、この界隈の住宅地図が展示されていて、ちょうど
現在のゼンリンの住宅地図みたいに、居住者の名前が家ごとに記載されているのだが、
私は、しばらくじっとそれを見つめ、主税町あたりの「岡井」という名が記されているお宅を
探したのである。ところが、いくら目を凝らして、一軒一軒なめるように探しても、見つからない。
これは昭和8年の地図だから、時代はまさに、岡井が生まれ、育った時代であるはずだ。
だが、そこで私は気がついたのである。岡井隆が生まれたところは、この場所ではなくて、
御器所であり、それが確か、ちょうど、昭和8年であったのだ。地図には、当然、まだ、
岡井家は存在していない。同時代といっしょくたにしてはいけない。

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二葉館では、岡井隆・岡井華子・岡井弘の3人の歌人の作品が続けて掲載されて
いる「東海アララギ」のページが開かれた状態で展示されていた。
ノリタケの技術者であった岡井隆の父・岡井弘のセラミックの歌。
明治期、ノリタケは、ここ主税町に工場を集中させたのだという。

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橦木館の入り口近くの、今はカフェになっている部屋で、かわいらしいステンドグラスを
眺めながら、あたたかなココアをいただいて、帰路についた。

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   二葉館-文化のみち     尾崎弘子

ぷるぷると冷たき風に揺れながら桜、花喰鳥に彩られ

心地よく設へられたソファに沈むMadame Sadayakkoサロメの幻

茂吉ならぬ桃吉について学びつつステンドグラスの室にまどろむ

文学の小部屋に散りばめられてゐて宝石のやうだ春の時間は


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by HIROKO_OZAKI1 | 2013-03-22 00:04 | おでかけ

水ある街についての文章による写生文のこころみ その1

まだ新しいメッセの最上階にある展望台から信濃川河口を望むと、たわわなる水が、ハの字型にダイナミックに海とつながっている様子がよくみえる。もっと天気がよければ、佐渡や粟島も、かなりの遠方まで見渡せるのだろう。だが、空が白く曇っているこの程度の景観でも、この海と空との向こう側に、ユーラシアの広大な異国の地が広がっていることが容易に想像される。
それらに、わたしたちが「外国」として身近なものととらえている西洋とは、またもっと違うもののような印象を感じるのは、同じ建物に領事館を有するロシアや韓国の言葉で書かれたパンフレットが、日本語の観光客向けのものに交じっておかれていたりするせいもあるのだろう。
人々が集まるスペースには、この地域の情報が、観光案内やマップという形で提供されており、旅のための何の準備もせずに来た者には大変便利なのであるが、それらの中に、英語とともに、ハングル文字やキリル文字のものが、数種類、置かれているのである。ここは、物理的に、それらの国々に、とても近いのだから、
自分の目でもって、それを確認すると、情報社会などと言われている現代というものが、いかにはかない、うわべだけのものであるかが実感される。今、肉眼で見ているものがすべて「情報」と並列のものであるとするなら。そんなナンセンスなことをそこはかとなく思いながら、川辺におり、信濃川を渡る水上バスに乗ると、シートの高さはほぼ水位のすぐ上くらいなのである。さきほどまでの、ひろびろとした景観はすでに目の前にはなく、ただ、なみなみと、信濃川の水がうねっているばかりである。対岸は、本の解説に、「北欧の街並みのような」と書かれている、歴史館・第四銀行跡のしろっぽい建物が、見えている。

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市内には、歌人、俳人、小説家、さまざまな文学者の足跡を示す句碑や表示がいたるところにあり、住む人たちの関心の豊かさを示している。
与謝野寛がこの地の景観を観て詠んだという歌を示す表示(アクリル板の簡単なものだが、訪れる者にはありがたい。「橋あまた柳の中にかくされる水ある街の夕月夜かな」、あたかもこの歌のイメージにあわせるかのように、ここの昔の景観が部分的に再現されているのである。)、虚子の句碑、良寛の像・・。
こんなもの、すべて後付けで、実際の作家の感動は、その作品をじかに読んで、そのテキストやその当時の条件を追体験した後のものでなければ意味がない、そんな考えは、すでに時間も余裕も持たぬ私には、改めなければならないようなものに思われてくる。

(ふ~。写生文、のつもりで書いているのですが、つづきはまたあとで。)
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by HIROKO_OZAKI1 | 2009-06-14 13:15 | おでかけ

伊予行 4 「歌が円熟するとき」      

    「歌が円熟するとき」      
 
 熱田津に船乗りしけむ皇子王女月の遊びを想像し得ぬ学者ども
                                   土屋文明 (「続続青南集」)

 自選歌集にも含まれていない歌を引いたら、土屋文明は怒るだろうか?
 万葉集の中でも最も有名な歌のひとつである、かの、

  熱田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
                                   額田女王 (万葉集巻一ー八)

について、土屋文明は、他の研究者達の解釈・学説とはずいぶん違う解釈をしている。

 「『船乗りせむと』は船に乗り、さらに他に出航しようとする意とも考えられるが、ここは折からの月夜に船を浮べて遊ぶ行事をさしているのであろう。この一首は全体が均整がとれていて、形式からいえば円熟しきったものということができよう。『月待てば潮もかなひぬ』は、月と潮とが相関するものであるから、写実によって自然に達し得た句であろうが、いい得て申分のない巧みな句法となっている」 (「万葉名歌」土屋文明)

 斎灘と呼ばれる海岸に、実際そのような遊びや行事が可能な条件があったのだろうか。
 こんな好機は滅多にないだろうと思った私は、未来会員で今年の夏の松山大会の世話人でもあり、伊予の海には最も詳しいに違いない松山のKさんにおそるおそる伺ってみた。結果、「船を出せば沖に流されるので内海と違って遊べるような場所ではない。出航には夜の満潮時の方が好条件だから、昼ではなく夜であるのは当然であり、何の不整合もない」とのこと。少しがっかりである。当時は、地形も今とは違っていたという話もあるが、どうなのだろうか?
確かに、単なる船遊びならともかく、あの広い海辺で月夜の「行事」というのはちょっと考えにくいような気はするのだが・・・。
 天候による変異や海賊の危険を伴う旅(ただでさえかなりな難所、しかも目的は出兵なのだ)は、それでも、船旅は始めてという一行にとって、きっと幾分か楽し気な旅であったに違いない。ちょうど現代人のわれわれが、台風や様々な障害を気にしながら、未知の地での見聞や温暖な温泉地の休養を存分に楽しんでいるように。楽しむといえば、旅のついでに半日でかけてみた考古博物館の付近には、舟遊びにはちょうどよいような池もあったのだが(しかもそこの地名は斎院!)、この場所が昔のままの地形であるかどうかも、月見の宴のような「行事」がそのころからあったのかどうかもわからない。
 もっとも、歌が記録ではなく詩歌として成立している限り、作品中に現実との不整合があったっておかしくはないのだが・・・。

 歌の背景のその後の顛末とか、この歌に真に戦意を鼓舞する意図があったかどうかといったことはともかくとして、戦そのものについては一言も触れられていないこの歌、順調な航行をどこかうれしげにリズミカルに促すこの歌から、私たちがそうした遊びの雰囲気を受け取らずにはいられないのは、歌が漠然としすぎているというためだけではなく、自分の都合にあわせて捉えてしまう、歌好きの癖のせいでもあるのだろう。

 最近では、「本当は恐ろしい万葉集」(小林恵子)という本もベストセラーになり、古代朝鮮語の韻から万葉集はまた別の読み方もできるという説等もあるようだ。実際、韻によって別の意味を含ませることなど、詩の中では珍しいことでもなんでもないが、そこまでたどっていくことはできないにしても、読み物として面白く読んだ。
 いずれにせよ、歴史の真実は不明、当時の言葉も風習も然りである。想像を自由に巡らす愉しみをなくすことはないであろうわれわれは、なんと幸せなのだろうか。

        尾崎弘子 (「未来」2007年8月号「その日その日」に加筆訂正した文章です)
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by HIROKO_OZAKI1 | 2007-08-10 18:01 | おでかけ

伊予行

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                                        (写真・大浦あたりより斎灘を望む)

黙し巡る石湯石風呂想像でもの言ふことは危ふきゆゑに

飛鳥路の都を誰もが思ふらん子規の時代になき幸として

案内人は誰になら教へるやすやすと危ふき潮目ゆく斉明船団

あららぎの集団のなか熱田津に舟遊び思ふ文明たぬし

解釈に時勢はいかにか動くらん熱田津の歌に戦乱はなく

未来てふ集団のなか顰蹙を買ひつつうたふ岡井隆の甘美

あらあらしき情勢に歌をもちて難きこと成就せしむる逸話もよかれ

論文に読むのは難く歌合てんこ盛り坊ちやんの歌を採りけり

帰り路にひそか買ひ来し守り札伊予国分寺交通安全

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                                      (今治市村上水軍博物館)
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                                       (伊予国分寺塔跡・礎石)
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by HIROKO_OZAKI1 | 2007-07-17 08:55 | おでかけ

伊予行 2

「許芸乞菜」といふ言の葉につまづいて解決済みの部分に悩めり

知らぬことわからぬことが多いそは嘘にあらねど言ひ訳である

あるいはまた単にたのしき歌である何が楽しいかは知らねども

ことを起こしたきひとは合図に起こすらん舟葬といふ風習を知る

つまるところすべては解釈の問題に帰して素直に楽しめば、今は。

来向かふはいかなる時ぞ緊張の欠けるわれらと誹られつつも

現代よ よき時代といふ認識にさらによき時代を連ねゆくべし

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                                    松山市考古館付近 (松山市南斎院町) 
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by HIROKO_OZAKI1 | 2007-07-16 09:55 | おでかけ

伊予行 3

景色よし鯛めし美味しにぎたへのスカートも靴も雨にしなへど

支払ひはカードで済ます音声に反応しないカーナビもよく

もの売りがかつて集ひし桜井の海岸表示はなにもなかりき

焼け石のサウナの岩戸 燧灘 異国のやうに巡る西国

唐突に耳に迫りくる巡礼の声 曇天の国分尼寺に響けり

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by HIROKO_OZAKI1 | 2007-07-16 06:53 | おでかけ


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