楽しい日常日誌 ~詩的否私的日常日記 ~

隠れblogにするつもりでしたが、<私的日常日記>にしました。でも、ネットの私的って,一体なんだ!? 
by HIROKO_OZAKI1
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カテゴリ:読書( 6 )

【memo】 On Fame - John Keats

【memo】 John Keats

Two Sonnets on Fame

I

FAME, like a wayward girl, will still be coy
To those who woo her with too slavish knees,
But makes surrender to some thoughtless boy,
And dotes the more upon a heart at ease;
She is a Gipsey, - will not speak to those
Who have not learnt to be content without her;
A Jilt, whose ear was never whisper’d close,
Who thinks they scandal her who talk about her;
A very Gipsey is she, Nilus-born,
Sister-in-law to jealous Potiphar;
Ye love-sick Bards! repay her scorn for scorn;
Ye Artists lovelorn! madmen that ye are!
Make your best bow to her and bid adieu,
Then, if she likes it, she will follow you.


II

«You cannot eat your cake and have it too.» - Proverb.

HOW fever’d is the man, who cannot look
Upon his mortal days with temperate blood,
Who vexes all the leaves of his life’s book,
And robs his fair name of its maidenhood;
It is as if the rose should pluck herself,
On the ripe plum finger its misty bloom,
As if a Naiad, like a meddling elf,
Should darken her pure grot with muddy gloom:
But the rose leaves herself upon the briar,
For winds to kiss and grateful bees to feed,
And the ripe plum still wears its dim attire,
The undisturbed lake has crystal space;
Why then should man, teasing the world for grace,
Spoil his salvation for a fierce miscreed?

(ジョン・キーツ「名声」 訳がないと意味がわかりにくいですが探すとすぐにみつかります。)
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by HIROKO_OZAKI1 | 2016-02-16 21:20 | 読書

柳田国男『雪国の春』を読む

「支那でも文芸の中心は久しい間、楊青々たる長江の両岸に在ったと思う。」
という書き出しで始まる 『雪国の春 』 は、名文であるという評価が高く、その内容も現代に至って大変重要な問題を提起したものであるといえる。

「いわば日本国の歌の景は悉くこの山城の一小盆地の風物に外ならぬのであった。」
と、日本の文芸の歴史のほぼすべてに大きな位置を占める(本当にそうかどうかは不明だが)について、地域や個別の体験を軽視したステレオタイプであることを指摘し、
「風景でも人情でも恋でも述懐でも、常に此通りの課題があり、常に其答案の予期せられて居たことは、天台の論議や旧教のカテキズムも同様であった。だから世に謂う所の田園文学は、今に至るまでかさぶたの如く村々の生活を覆うて、自由なる精気の行通いを遮っているのである。」
と言う。

柳田はここで、自らの経験として、京都の宿の瓦葺きになっている部屋で聞いた <小夜時雨>の音、北山、西山の地形に水蒸気が薄く停滞して生じる<春霞><春の夜の月>について、その狭い地域でしか通用しない景物の例として挙げて述べているが、その中で、「夢驚かすと歌に詠んでもよし、降りみ降らずみ定めなき、と謂っても風情がある」と述べている。
(かなりなロマンチスト!)
そして、当時の文学状況について、特に中央中心的な和歌の状況に憂えているようなのである。

この時期は、折口信夫が、「日本文学の発生」(1922、大正11)等の論文で古代文学研究に民俗学的方法を導入し、一方、和歌や文学の世界でも、様々な活動が活発な時期でもあった。

この文章は、1928年、明治時代に書かれたものである。

だが、これ、よく考えると、実はわたしたちもよくやっている。
そう、小さな世界での共通理解を前提として詠まれる歌。
ちょっとだけ、その世界の中のみの相聞に似ているところもある。
そして、文体や言葉の巧みさが、面白い、わかる、という前提の下に認められるのは、認める側にとってまずは「よくわかる」歌ということになるのである。

それが、共同幻想のうえにのみ成り立つのが短歌、だから短歌はダメなのだ、という、いわゆる短歌否定論にもつながったのだろうか?
共通理解の上のみに成り立つのがどうして駄目なのか。誰が読んでもわかる歌が本当によいのか。では大きな世界の中で共通する詩ならよいのか。

今現在の歌について、私にはよくわからないのだけれど、(少数者の思いを代表する歌も、地方の歌も、今ではいくらでも見つけることができるのだから。)、少なくとも日本語で書かれた歌について考えるとき、この視点は不可欠なものであると思われるのだ。

<すこし引用した文献・「雪国の春」柳田国男 青空文庫>
http://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/54403_54217.html
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by HIROKO_OZAKI1 | 2014-10-17 23:21 | 読書

最近読んだ歌集から 『鴨背ノ沖ノ石』 角田純

『鴨背ノ沖ノ石』 角田純 (不識書院・2013年9月発行)

2005年に発行された第一歌集 『海境』 につづく第二歌集。

いわゆる<現代短歌>は、ほんの数十年前にまでも戻れぬほどの素材と言葉の
変遷にさらされているのだ、なんて認識をしかけている時に、この歌集を開いて、
いや決してそういうことでもないのかもしれない、と、少しほっとしたような感覚を
覚えたのである。

マスコミに触れてばかりいると錯覚しがちだけれど、都会だけが日本ではない
ことは、地図を見てその面積を確認したならすぐにわかることだが、日本中に
存在する個人がそれぞれに歌う短歌は、時にそのことを実感として知らせて
くれるのだ。


 稜々とうねる海面のうなばらの蒼くし立つる冬の叢雲 
 鳥のこゑはふかく籠もりてひややけき藪にしづもる湿地の素水(さみづ)
 鳥発ちてやがてかがやく不在かな。―朧に見ゆる薄しら波
 ゑのころのそよぐ向かうのうなばらの蒼く霞める島影ふたつ
 野葡萄のその実のくろく末枯れたる邃(ふか)きなだりの朝のあま霧


旧仮名、旧字、選び抜かれた文語的な文字と正しい文法によって用いられる
古語によって描き出されるのは、おそらく昔から変わっていないであろう、
作者が暮らす土地の風景である。
それは、一首をものにするために一見さんのように自然の中に吟行にでかけて
作られたような類のものではなく、作者の存在と切り離せないものとして、深い
愛着とともに存在しているように見える。そして、対象を、うらっつらばかりでは
ないやり方で凝視して、作品に昇華している。
 
うすき玻璃ひかり洌たく還しをりゆふべ来てゐる鷲を映して
 沼川を跨ぎてふとき鋼管はかげを延ばしぬ朝のみなもに


そんな自然の風景の中に、つつましやかに出現する、<玻璃><鋼管>と
いった人工の景物。これを、近代の風景が自然の中に現れはじめた時期の
感動を追体験する形で読むことができてしまうというのは、今の時代、ちょっと
ぜいたくですごいことであるかもしれない。

 鷲がゐてあゆむ干潟のひそけさに。―化学工場調整池は
 ふかき深き闇のやうなる夕闇がワタクシノ舟ヲ蒼く濡ラシタ
 ヒトモトノ木デアリシ日の憂鬱ナ夕暮レガ来テ濃緑ノ舟ヲ


などは、整った歌群の中で読むならば、斬新な試みとして読むことができよう。
もちろん現代短歌の中では、まったく珍しい手法ではないのだが、時々そうした
歌が混じるのことで、落ち着きすぎた歌集のほどよいアクセントとなっている。

カタカナによる歌は、ひらがなとはまた違った効果があり、ずっとこのような
調子で歌集が進むのだろうか、と思い始める歌集中盤にこれらの歌群が入る
ことで、読者を飽きさせない。
歌の作りも冒険的だが、構成にも、工夫が凝らされているのである。

そんなノスタルジックな風景は、時に出来すぎなくらい、寂しかったり
うつくしかったりする。叙情と言ってしまってよいのかどうかわからない
のだが、定型の言葉が、本当に上手い。そして喩はひたすら、海辺の
事物に、多く関わっているのである。

 手放したものが彼方に消えてゆくもう此処よりは濁るほかなく
 ただ其処に無用の空をあらしめてうす闇に咲く雪の蘆群
 ふるき記憶が匂ふ夕ぐれ(モウ其処ニ帰ラナイツテ言ツテタ人ハ)
 にがきみづ振り撒くやうに降るひかり街のあくたの朝霜の上に 
 昨夜(よべ)遠く呼びいだしたる紅の舟。―鋭き軸先もちてたゆたふ 
 森ふかく舟を漕ぎ出す、しじまなる大禍時をさわだてながら
 舟といふほそき器は波の間にいざよひつつも渉りゆくかな
 わが古りし舟を浮かべて瀬を渉る青くさやけきあさの薄雲
 幾つものゆめの浅瀬にくるしんでゐるときそこに朝はきてゐた
 方舟のやうな廃墟があらはれてさびしく畢る薄明のゆめ
 過去(すぎゆき)はあはく滲みてあかときの汀の馬をほのか照らせり


歌集後半にみられる次の歌は、聖書等に連想を得た作品。

 かたちなき磐に形態(かたち)を与へゆくじかんの井戸の蒼き深水 
 かげをもて影を捉へよ移りゆく日射しは闌(た)けて粗き石組


歌集タイトルになっている歌は、

 海図には「鴨背ノ沖ノ石」と記されて鴨背の島の南南西に

なるほど、海図なのだ。作者の心象のダイレクトな表現とも見えるカタカナの
使用は、この海図というテキストにも用いられていたものであったのだ。
あとがきにも、ちゃんとそのことは説明されており、

  西行の『山家集』のなかに、「もののふの馴らすすさびはおびただし有磯の退り
 鴨の入れ首」という、この時代の王朝和歌にはない、即物的でたけだけしい歌が
 ある。北面の武士、佐藤義清が顔を覗かせている一首である。
  瀬戸内海、「鴨背島」という極めて小さな島があって、その島の南南西の方向、
 わずかばかりのところに「鴨背ノ沖ノ石」という暗礁がある。この、海図の上でしか
 確認できない隠れ者と、西行の歌のなかの「有磯の退り鴨の入れ首」が、いつの
 頃からか妙に親和するように思われだした。
  この集のなかに多く収められている、海をモチーフにした歌は、私の日常を取り
 まく身近な海景であるとともに、この「鴨背島」を含む、伊予灘から安芸灘にかけて
 の海域であって、また私の原風景でもある。

余計なことを少し。
角田さんは、2000年代に未来短歌会の会に参加されるようになったの
だが、同じ時期に参加された資延さんと二人、<壮年の男性が、しかも
あ岡井隆先生のカルチャー受講生から参画された>と大いに話題になった
のだった。第一歌集の出版記念批評会もお二方同時に開催されていた。

裏話になってしまうけれども、岡井先生は、編集会か何かの場で、
角田さんについて、「舟のね、ペンキを塗ったりしているんだって」と、
おそらくご本人の自己紹介そのままだったのだろうと思うのだけれど、
その場のご婦人がたに向かって、おっしゃられたのである。
本当に言葉のままに受け取った私は、あの大柄な男の人は、いつもは
四国の海辺で舟のペンキを塗ったりしている、船乗りさんか、漁師さんなの
だろうか、と、しばらくの間、本当にずっと思っていた。
舟に関わる職業として、造船かそのような会社の経営に携わってられると
人づてに知ったのは、松山で未来短歌会の夏の大会が開かれた頃のこと
である。なんて乏しい想像力であったかと自分であきれてしまう。
角田さんは、松山大会の実行委員会の主力メンバーとして、大活躍をされていた。

また、略歴によれば、現代美術、建築の分野にいらしたことがあったという
ことであった。

(2月11日しるす)
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by HIROKO_OZAKI1 | 2014-02-08 19:16 | 読書

最近読んだ歌集から 『冬の秒針』 佐藤晶

歌集を、送っていただいた時は、大体すぐに読み始めさせていただくのですが、
最後まで読み終えたり、途中になってしまったりしているうちに、印象だけで何かを
書いて送るということがしにくくて、そのままになってしまうことも多いのです。
お詫びの気持ちを込めて、しばらくの間、ここ1-2年の間に読ませていただいた
歌集一冊ずつの感想を、綴らせていただこうと思います。

歌集 『冬の秒針』 佐藤晶 (ながらみ書房、2012年8月発行 「井泉叢書12号」)

略歴によると、著者は、1970年神奈川生まれ。
中世文学を専門として、名古屋大学大学院後期課程を修了し、
職業も、京都の大学の研究教育職。井泉短歌会編集委員。
2013年7月に、名古屋市内で批評会が開かれている。

作者が専門家だからというわけではないけれども、ちょっと構えて、
インターネットで読める評を探してみた。
(もちろん、本当は活字になったものを検証しなくてはならないのだろう
けれど。それをやっているとどんどん日記が遅くなるので。)

・松村正直氏のブログ「やさしい鮫日記」
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139184.html
批評会の様子がわかる。ただ、このシリーズのブログは近々閲覧が
できなくなり、別のところに移行するらしい。やはり紙による出版よりも
数段手軽なメディアには、いろいろ穴があるようだ。
また、ブログ内で記事を探すのが本当に大変だった。
松村氏には、「未来」誌で作品の評をいただき、かつて「ゾゾリゾーム」
という結社内同人誌で、私の第一歌集について書いていただいたこと
があったので、根気よく探しながら読むことはできたようなものなのである。

・砂子屋書房「日々のクオリア」一首鑑賞 棚木恒寿 
http://www.sunagoya.com/tanka/?p=8919
春日井美学の影響について述べられている。
歌集序文によれば、お母様もまた中部短歌会同人であられたとのこと。

・九大短歌会
http://kyudatanka.blog.fc2.com/blog-entry-25.html
「二人でいて」という小文の中で、
<さみしいといわないさくらさみしいといわないけやき 光のなかで>
という歌がうつくしく採用されている。
(以下は引用ではなく筆者)
喩とは時に、人としての人格ををおとしめる意図をもって使われるが、
むろん通常はそういうことには気付かないし、評の際にも触れ得ない。
もし、人をおとしめる歌であった場合、その人には本当に失礼だし、
その背景には、その人自身の中に、深い傷が存在する場合があるから
である。この歌の場合、さくらもけやきも作者の知人の誰かのことなどど
ではないだろうけれど、万一そうだとしたら、さくらもけやきも、一緒くたに
されたら、きっと嫌かなと思う。桜も欅も、なめるんじゃないわよ、と思うだろう。
そんな変な感想を持った。そのような、いやみな喩ととれそうでもある歌は、
女性歌人には珍しく(?)、歌集中にはそんなには見あたらないことに、
好感が持てた。
恐ろしい時代である(と私は思っている)中世についての知識を職業とする方、
という先入観を良い方に大きく裏切って、歌集は、あっさりした魅力のあふれる
現代女性の歌で満たされている。

次に、歌集を開いて、よいと思った歌、気になった歌、面白い歌をひいてみる。

 ハイデッガーの<存在>語るきみのシャツは栄螺の内臓みたいにしましま
 たてかけた傘の取っ手の?(クエスチョン)今日は黙ってきみを見送る

「きみ」への相聞の中での喩のおもしろさがずば抜けていて、これはたのしい。
?という記号の使い方。疑問符などと言わないのがよい。
やはりしあわせな情景を思わせるみずみずしい相聞歌はよいのである。

 声挙げたものは省かれ しずけさの粒子となって雪はふりつむ

どこにでもある情景であるが、想像するに大学という場でのことだろう。批判を歌に
する場合、否定的に描いたとしても、提唱することで状況を助長し再生産する場合も
あるから、本当に時代の先端を行く場合は、そういうことを歌にするのも、(確信犯
ではない限りにおいての話だが)、結構勇気がいることであるはずである。

 銀細工の葡萄が腐食してゆくもあるいはわれらの滅びの兆し
 環状高速まわりつづけて行く先をもたないままのわれらのスピード

共犯関係を誘う<われら>という人称。どちらもあわく共感でき、許容の範囲で
あるためか、感情を逆なでしないところが上手い。現代人一般の不安感・閉塞感を
表現している。 

そのほか。

 ホームレス「ヨハネ」という名を与えられ葬られたり街の教会

 とりあえず差し出してみるわたくしの利用価値など興味はないか

 エラー音ばかりの世界 だとしてももう脱出は不可能だから

 木琴の音の澄みゆく秋がきてわれのさびしさコンと鳴らせり

 ビールの泡ぬぐいて語るネオナチの青少年の見分け方など

 春風がふと向きをかえ本日のわたしはわたしの本物だろうか

 内面にかかわりそうな話題には興味ないってふりが礼儀で

 テスト用紙配布する間も教卓の上でささやく冬の秒針

 触れあえばその傷跡が残るだろう桃のようなるわれらのこころ

  
 よくみれば傷ばかりなる大木の幹に雪片触れて消えゆく

 しっているとわかるはちがうかたつむりやわらかき触角そっとのばして

 博物館の土師器も須恵器も口あけて太古の空を呼んでいるらし


(2013年2月しるす) 
 
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by HIROKO_OZAKI1 | 2014-02-08 17:57 | 読書

ののはら通信

紺野万里さんと寒野沙也さんの「ののはら通信」が届きました。
いつもどおりの、コンパクトで品よい体裁の冊子、今号は、「近藤芳美追悼号」。
亡くなられてすぐに企画を決めて原稿を集め、8月末には発行に至ったとのことです。
近藤氏に深い思いを持つ執筆者ばかりの思い出や感慨が込められている文章ばかりが収められていて、心に沁みます。

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「未来」では、先生と呼ばないように、という社風(?)があり、冊子の中にも、そのことが多く書かれていました。私は、自分自身がとても未来の先達の方々と対等とは思えないのと、直接にそうした場面に居たことがないのとで、「先生」づけで言ってしまったり呼びかけたりしてしまうことがよくあります。実際、著作や態度から学ばせていただいたりすることが多いのだから、仕方ないかなあ、と思っているのですが・・・。
近藤芳美の著作を、いろいろぱらぱらと読んだりしていますが、「土屋文明論考」の近藤芳美の序文が、すばらしいです。
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by HIROKO_OZAKI1 | 2006-09-14 11:03 | 読書

花曜終刊号

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○俳句雑誌の「花曜」終刊号が届いた。
昨年の12月に鈴木六林男が亡くなったので、遺志により雑誌は廃刊、通巻411号となるこの号は、全280ページの分厚い冊子となっている。
○内容は、追悼文(鶴見俊輔、和田悟朗、宗田安正)、400号記念総会講演要旨(中村桂子)、鈴木六林男作品120句・文章(熊野雑記(この中の、茂吉に関する文章が面白い)、対談・佐藤鬼房、対談・高柳重信、六林男談話)、全同人・会員による追悼句集、同人・会員自選集、鈴木六林男著作目録、略年譜、終刊の辞。
○私は、この雑誌の中では六林男談話、句会での選評後の話を記録して起こしたものをとても貴重なものとして愛読していた。「みながわかっていることなのに、故意にかその人がそもそも知らないからなのか、なかなか指導者が人に教えない」ことを、実にわかりやすく教えてくれるのである。この号に再録された写実についての言葉もまったくそうで、大変質の高いものであった。
○奥付にある発行は、2005年5月10日、第35巻第1号。表紙は、これまではずっと女性の像(裸婦だったり夢想する顔だったりした)だったのが、今号は同じ作者による鈴木六林男のイラストである。このデザイン、実は一度、若手のデザイナーによってモダンでソフトな感じに変えられたことがあったのだが、氏は「こんなん誰も読みやせんわ」と言って、すぐに元に戻してしまったのである。こういう時代でも、つくづく、本質を重視する俳人であった。
○現在、鈴木六林男全句集が編まれている最中であるという。発刊を待ちたいと思う。

  
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by HIROKO_OZAKI1 | 2005-05-21 16:57 | 読書


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